インド映画の声、S.P.バラスブラマニアム亡くなる

自分が初めて劇場で見たインド映画は、1998年に渋谷のシネマライズで上映された「ムトゥ 踊るマハラジャ」だった。当時かなりの話題を巻き起こし、インドには歌と踊り満載の豪華絢爛エンターテイメント映画ありと、近年の日本でのインド映画観を良くも悪くも決定づけた作品である。そのとき購入したサントラCDの1曲目、「ムトゥ」のテーマソング「Oruvan Oruvan」を歌ったS.P.バラスブラマニアムが、新型コロナウィルス感染のため、先週9月25日に亡くなった。今よりずっと若々しいスーパースター・ラジニカーントが、馬車に乗って颯爽と登場するシーンの歌。自分が劇場で体験した初インド映画ソングの歌声は、この人だったのだ。コロナがまた一人、たくさんの人々を楽しませた命を奪った。


かつてのインド娯楽映画には欠かせなかった歌と踊りのシーンで、ヒーローやヒロイン自身が歌うことはほとんどない。吹き替え専門の歌手が歌ったものに口パクで合わせるのだが、その吹き替え歌手のことをインド映画界ではプレイバックシンガーという。南インドのテルグ語圏出身のS.P.バラスブラマニアムは、1966年からプレイバックシンガーとしての活動を始めて、タミル語、ヒンディー語、テルグ語、カンナダ語などなど、多言語で数え切れないほどの歌をレコーディングしてきたという。自分はそのキャリアのごくごく一部しか知らない。「ムトゥ」から少し後、2000年代に入る直前の頃から自分はボリウッド映画ソングにはまり込み、新旧たくさんの曲を知ることになるのだが、その頃によく聴いていた80年代末から90年代のボリウッド映画ソングでは、たびたび耳に入ってきたソフトな歌声。プレイバックシンガーはインド映画のまさに裏方なので、当時はほとんど情報が得られず、何という歌手が歌っているのかわからないまま聴いている曲が多かった。ただ、その頃破竹の勢いだった作曲家のA.R.ラフマーン(「スラムドッグ$ミリオネア」で世界的に有名になる)と多くの曲で組んで歌っていたのがS.P.バラスブラマニアムだったと知って、なるほどと思うところはあった。最初に紹介した「ムトゥ」の「Oruvan Oruvan」も、20年前の自分がよく聴いていたボリウッド映画ソング「Roja」のヒンディー語バージョンも、ラフマーンが音楽を手がけてS.P.バラスブラマニアムが歌ったもの。

ここで改めてはっきりさせておきたいのだが、「ボリウッド」映画はムンバイで制作されるヒンディー語の映画のこと。チェンナイで制作されたタミル語映画の「ムトゥ」は、ボリウッドではない(ちなみに、イギリスのダニー・ボイル監督が制作した「スラムドッグ$ミリオネア」はムンバイが舞台だけどインド映画ではない)。ヒンディー語とタミル語は、同じインドの言語でもまったく異なっていて、互いに外国語のようなもの。自分はヒンディー語なら少し分かるし文字も読めるが、タミル語はまったくお手上げ。インドでは州ごとに異なる言語が使われていて、それぞれがこんな風に外国語状態。インドは本当に巨大で複雑な国なのである。インド中で制作される映画を総称してここでは「インド映画」と呼んでいる。多言語をこなしたS.P.バラスブラマニアムは、インドの中でも本当に幅広い地域で親しまれた声だったはず。1日のうちにタミル語で19曲、ヒンディー語で16曲をレコーディングしたという、ものすごい記録を持っているらしい。インド映画は制作本数が多い上に、プレイバックシンガー界は寡占状態になりがちで、その時期に需要が高い同じ歌手がどの映画のサントラでも歌っているという状況はよくある。女性プレイバックシンガー界の女王、ラター・マンゲーシュカルもそうだが、インドの歌手たちの超人的な活動は、ちょっと想像も付かないほど高い音楽的な素養と鍛錬、そして強靱な体力がなければできることではない。S.P.バラスブラマニアムは、生涯で40000曲以上をレコーディングしたという。本当に、お疲れさまでした。安らかに。

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「ムトゥ 踊るマハラジャ」のCDジャケ、極彩色だったが20年以上経って少し色あせた気がする

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