Roy Orbison「In Dreams」

1988年に結成されたトラヴェリング・ウィルベリーズは、いきなり大名作のファーストアルバムを引っさげて華々しく「デビュー」を飾った、正体バレバレの覆面バンドである。自分がロイ・オービソンという偉大なシンガーの存在を知ったのは、このバンドの一員としてだった。オープニング曲の「Handle With Care」は、ロイの歌声なしには成立しない。


この曲の数あるカバーで、「I’m so tired of being lonely…」の部分をロイ・オービソンっぽく歌っていないものがあるだろうか。ジョージの颯爽とした歌い出しから間髪入れずに、ロイの伸びやかな哀愁あふれる声に包まれるところがこの曲の最大の魅力なのだから。ロイが亡くなり、ジョージも亡くなってしまった翌年の追悼コンサート「Concert For George」でこの曲が披露されたとき、「I’m so tired of…」のパートを歌ったのはジェフ・リンだった。ジェフ・リンは、2012年のソロ作「Long Wave」で「Running Scared」をカバーしているし、「Alone In The Universe」には確実にロイにオマージュを捧げた「I’m Leaving You」が入っているし、それだけでなくキャリア全体を通じて、ジェフ・リンの作り出す音楽自体がロイ・オービソンの大きな影響下にあるのだと、聴き込めば聴き込むほどわかってくる。あまりにも美しい声を持っているので、自分はしばらくの間、ロイ・オービソンは歌声専門の人であり、作曲はプロのライターがやっているのだと思い込んでいた。ところが実は、ロイ自身が多くのヒット曲に作者として名を連ねている。

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上の写真は、先日当ブログで記事にした「The All-Time Greatest Hits Of Roy Orbison」のCD盤面にあるクレジット。昔は図書館で借りたものをテープにダビングして聴いていたけど、こないだ中古盤をブックオフで見つけて500円で買うことができた。ロイ・オービソンが亡くなった翌年の平成元年に追悼盤として制作され、30年以上ぶりに手にするCDなのに盤面もライナーもとても綺麗な状態で、嬉しい。このCDに入っている20曲のうち、作者としてオービソンの名前がクレジットされているものは、共作を含めて14曲に及ぶ。黄金期にヒットした代表曲の7割の作曲に絡んでいたのだ。ビートルズが自作自演曲で次々と大ヒットを飛ばして世界を席巻するよりも前のことである。それどころか、そのビートルズ自身が、ロイ・オービソンと一緒に英国ツアーを回ったとき、ツアーバスの中でギターを抱えて作曲に励むロイの姿に直接刺激を受けたというエピソードもあるぐらいだ。そのとき作っていた曲が、あの「Oh, Pretty Woman」だったという。


ロイ・オービソン作曲の数あるヒット曲の中でも、作曲面で一番凄いと思うのが「In Dreams」である。これはロイ・オービソンの単独作とクレジットされている。この曲のWikipediaによれば、タイトルそのままに睡眠中に夢の中で音楽が聞こえてきて、翌朝起きるなり20分で完成させてしまったのだという。まるでポールの「Yesterday」みたいな話だ。ロイは眠っている間に曲が聞こえてくることが多かったらしく、曲の終わりにはラジオのディスクジョッキーが「エルヴィス・プレスリーの新曲でした」と曲紹介をする、という落ちまで付いていたという。ロイ・オービソンがけっこう自虐的なユーモアの持ち主だったことがわかるし、イギリスで人気が高かったというのも何となく納得できる気がする。「In Dreams」が発売されたのは1963年2月、ビートルズがデビューアルバム「Please Please Me」の大半を1日で録音した歴史的セッションと同時期である。翌3月末にはビルボードチャートで7位まで上がり、英国のチャートでも最高6位。ちょうどこの曲がヒットしている最中に、ロイはビートルズとダブルヘッドライナーで英国を回っていたのだ。

「In Dreams」の何が凄いのかといえば、最初から最後までメロディの繰り返しがほとんどない、リフレインを排した構造になっているところ。交響曲ならいざ知らず、ポップスでこういうのはなかなかお目にかからない。穏やかな歌い出しは低いC(ド)から始まり、一度しか登場しないメロディを次々と展開させながら次第に盛り上げていき、最後のクライマックスではロイの歌声が2オクターブ上のCまで駆け上がる。この壮大な歌いっぷりだけでも一世一代の見事さなのに、3分足らずの間に7つもの楽章が詰め込まれた、この複雑な楽曲を書き上げたのも歌い手自身なのである。自分は長い間、これはプロの作曲家が腕によりを掛けてこしらえたものだと思い込んでいたので、ロイ・オービソンが独力で書き上げていたと知ったときは驚いた。

だけど逆に考えてみれば、こんな贅沢すぎる曲の作り方は職業作曲家にはできないかもしれない。これだけ心に残るメロディが7つも浮かんだのなら、そこから3曲でも4曲でも作ってしまう方がずっと経済的で、プロとしては正解だろう。きっと、どの曲もそれなりのシンガーが歌えばそれなりにヒットするはずだ。でも、ロイはそのとき持てるすべてをたった1曲に注ぎ込み、心底からの実感を込めて全身全霊で歌いきり、50年後も100年後も聴かれ続ける作品を生み出した。そんな一切の出し惜しみを許さない真摯な姿が、若きビートルズに大きな刺激を与え、ジェフ・リンには絶大な影響を与えたのではないだろうか。生きている以上は誰一人として逃れることができない孤独や悲しみを、甘ったるい自己憐憫は排して気品高く歌ったロイ・オービソンはジェフ・リンの決定的なルーツだと思うし、そのジェフ・リンの「宇宙でひとりぼっち」こそが当ブログの目指す世界である。だから自分にとっても、ロイ・オービソンは本当に大切な存在なのだ。


亡くなる前年、1987年の再録バージョン。1986年の「Blue Velvet」という映画でこの曲が取り上げられて話題になったらしく、その映像をロイ・オービソンの歌う姿と取り混ぜた構成のビデオ。

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