さよなら、ラター・マンゲーシュカル/Sayonara, Lata Mangeshkar – My favorite songs

インド歌謡界の国民的歌手、ラター・マンゲーシュカルが92歳で亡くなった。新型コロナウイルスに感染して今年の1月から入院していたという。1940年代から近年までずっと現役で歌い続けていて、自分が大好きなボリウッド映画音楽はラターの歌声なしには話すら始まらない。もうその人物そのものがムンバイの象徴でもあった。ムンバイ中心部の大通り沿いにあるラターの居宅近くにはピアノの鍵盤をかたどった看板が目印のごとく立っていて、観光スポットのようになっていた(その看板は「Kalyanji Virji Shah Chowk」という地名を表示するもので、この名称もボリウッド音楽界で一時代を築いた巨匠作曲家にちなむ)。そのあたりは自分も在住時に何度となく行き来したので、完全にインド生活の一部として印象に刻み込まれている。あまりにも巨大すぎる人物で、コロナで亡くなったなんて言われてもちょっと実感が湧かない。

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上の写真は、ネットで何でも聴けるようになる前の2000年代初頭に、東京に住んでいた頃の自分がネット通販でイギリスから輸入したラター・マンゲーシュカルの「Golden Collection」2枚組CD。全曲パソコンに取り込んで、何千回と聴いてきた。2000年代の初め頃、自分がロックを一番聴いていなかった時期に、その代わりではないけどインドの映画音楽をたくさん聴いていた。歌の旋律はインド古典のラーガをベースにしているのだけど、昭和の歌謡曲で育った自分の心になぜかとても響くものがあった。自分の好みはやはりメロディの美しさそのものに主眼を置いた作りのもので、50年代から60年代に生まれた曲を中心に聴きまくっていた。その時代はラター・マンゲーシュカルにとってもまさに黄金期で、当時のボリウッド音楽に触れる者は否が応でもラターのきらめく歌声を頭に刻み込まれることになる。

インドで「さよなら」という日本語を知っている人はとても多かったのだけど、それはラターが歌った「サヨナラ」という有名な曲があるから。ボリウッドの制作陣が日本までロケ撮影に来て1966年に制作された「Love in Tokyo」という映画の挿入歌。60年代半ば、オリンピックを契機に現代の形に変貌していく過程にあった東京の風景をバックに、ボリウッド俳優たちが演技し、歌い踊るというちょっと信じられないような状況だが、本当にあったのである。


この歌のシーンに、ラター・マンゲーシュカルの姿は出てこない。ラターをはじめとする映画吹き替え歌手(プレイバックシンガー)の役回りは、スクリーンで歌う俳優の声となることであって、本人の顔が映画に出ることはほとんどない(俳優と兼務の歌手もいるけど主流とはいえない)。それでも、インド人が大切な娯楽として愛してきた国産映画の声、言ってしまえばインドという国そのものの声として、歌手たちもラター級の存在になるとあまねく名前を知られ、国民的に尊敬されている。ラターが長年暮らし、映画のために歌を吹き込み続けてきた街、ムンバイを州都とするマハーラシュトラ州は、ラターの死を悼んで訃報から一夜明けた本日を休日としたという。

個人的な話になるけど、昨晩BBCニュースの訃報記事を読んでいたら、ラターの世界的な活躍と交友関係を紹介するくだりで、ビートルズのジョージ・ハリスンという当然そうに見えて自分にはちょっと意外な名前が出てきた。自分にとってどちらも大切すぎるこのお二人が顔を合わせたことがあったなんて、今まで知らなかったのでびっくりしたのだ。ラターがラヴィ・シャンカルのレコーディングに顔を出したら、たまたまムンバイ滞在中だったジョージがその場にいたという。そのときのツーショット写真なんて、まさかないよね、と思いながら一応検索してみたら……

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あった。これはちょっとすごい。明らかにジョージの筆跡とわかるサインも入っていて、正真正銘ジョージとラターのツーショットなのである。自分にとってものすごく巨大な二つの星が、共通の友であるラヴィ・シャンカルを介してこのように出会っていたなんて、ムンバイは「夢の街」と呼ばれるとおり、どんなことでも起こってしまう街なのだなあと、改めて震えてしまう。お二人ともがこの世を去ってしまった今になって、初めてこんなことを知るなんて。

本当に当ブログのこんな文章ひとつでは、ラター・マンゲーシュカルというインドの魂のような人物のかけらも表現したことにはならない。自分にできるのは、大好きな歌を紹介することだけである。ラターの歌には若いころから一貫して揺るがない「気品」が漂っていて、インド女性の美しさと強さをそのまま歌声で体現していた。自分が知っているラターの数ある名唱の中でも、特に好きなものを以下にずらっと並べることにする。さよなら、ラター・マンゲーシュカル。素晴らしい歌の数々を本当にありがとうございました。安らかに。










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