ブルーにこんがらがっている

先月、TFCのライブのあとしばらく「It’s All In My Mind」が自分のテーマ曲みたいになっていたのだが、今月はディランの「ブルーにこんがらがって」がそうなりそう。まさしく、ブルーにこんがらがっている。さまざまなことが微妙にうまくいっていない感じがする。このブログも立ち上げてから5か月、自分なりに書き方がつかめた気がして、何だかんだ毎日更新するようになってしまい、それはいいのだけど、今月は書くことをあまり楽しめていない。書きたいことは日々あるから文章にして投稿したいんだけど。「ブルーにこんがらがって」について書くにしても、こんな個人的なことを最初に持ってこなくても、まずディランの音楽についてひとしきり書いた後、自分のことは最後にさらりと触れるぐらいのほうが読む人は読みやすいんじゃないの、と思ったり。でも今の自分はこうしたいのだ、というかこうしかできない。どっちにしてもお前の文章がつまらないのは変わらないよ、という声もどこからともなく聞こえてくる。文章の書き方すらこんがらがっている。そんな時期もあるさと思って、黙って記事を積み重ねていくしかないのだろう。過去にとらわれ、将来を思い煩っている。今日をしっかり大切に生きなければならないのに。シンプルに、その日その日にやるべきことをきちんとやり遂げて、充足した気持ちで眠りにつきたい。


ディランの「ブルーにこんがらがって」は昔から大好きな曲だったけど、歌詞をしっかりと読んだことは今までなかった。高校生の頃に「ボブ・ディラン全詩集」という英和2冊からなる分厚い本を買ってよく読んでいたけど、掲載時期は「New Morning」までで「ブルーにこんがらがって」は載っていない。1番から7番まである長い歌詞だ。ひとつの物語を語っているように見えて、つじつまが合わないところもある。歌詞を読み解く記事などを見てみると、4番を最初に持ってきて順番を変えてまで話の流れを作ろうとしているのもあった。自分はそのままでいいと思う。あの曲もとにかく「Tangled up in blue」という強力な一行がすべてのイメージをまとめて、いやブルーに絡み合わせて、こんがらがっている。今の自分にはそれで十分。一本筋の通ったストーリーなど逆にリアルではない。自分の中でも色々なストーリーが並行して進んでいて、憂鬱な3月にはそれらがすべてうまくいかない気がして八方ふさがり、ブルーにこんがらがっているのだから。

ディランの自伝「Chronicles, Volume One」を夜な夜な読み進めていて、最終章の半分ぐらいまで行ったところ。あれも各章の時間軸はバラバラ。若きフォークシンガーのディランがコロンビアとの契約を結ぶシーンから始まって、生い立ち、デビュー前のニューヨークでの暮らし、そこから一気に「New Morning」に飛び、さらに80年代の「Oh Mercy」、最終章ではそこからまたデビュー前の話に戻る。各章につながりはなくて、ディランが自分の目線でライフストーリーを語るというところだけが一貫している。「ブルーにこんがらがって」の歌詞を読んでも、その自伝と同じような印象を受けた。自分はディランの言葉を深く読み込んだり、隠された意味を追究したりすることができない。そういう頭の使い方ができない。自伝を読んでも、歌詞を読んでも、レコードの自筆ライナーを読んでも、自分の心を惹きつけてやまないのは言葉の選び方や語り口そのもの。今やノーベル文学者となってしまって世界を驚かせたディランだが、自分にとってディランはやはり文学者ではなく音楽家。

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近ごろは毎晩眠れないわけではないけど、明け方に目が覚めてそれからは浅い睡眠しか取れないことが多い。今朝も明け方に目覚め、なぜかショパンの「雨だれ」がずっと脳内に鳴り響いていた。雨が降っていたわけではなく、晴れの朝を迎えたが、雪が少し積もっていた。少し暖かくなってたくさん芽が出てきた庭のチューリップにも雪。春なのか冬なのか、どっちつかずの季節に、ブルーにこんがらがっている。

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