AMラジオで出会った「And I Love Her」

何度か書いたけど、自分がビートルズの音楽を知ったのは父がFMラジオの特集番組をエアチェックしたテープからだった。そういう番組でかかるのは代表曲や特に人気のある曲に限られる。中学生になる頃にはそのテープに入っていた曲群もさんざん聴き尽くしてしまった。ビートルズが発表した曲は200曲以上。もっとほかの知らない曲も聴きたくてたまらない。家にあったロック系のレコードはS&Gのグレーテストヒッツ1枚だけで、ビートルズは皆無。1枚2000円以上するレコードを自分の小遣いで買うことは全然考えていなかった。もっと手軽な方法があった。ラジオである。

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昨年夏、地域のラジオ体操の当番が回ってきたときにうちに来た年代物のラジカセ

毎朝、新聞のラジオ欄でビートルズのかかりそうな番組を隅々までチェックし、ときには本屋でラジオ雑誌を立ち読みしたりして、アンテナを張り巡らせていた(ラジオだけに)。これぞという番組があればテープを用意して父のオーディオセットの横で待機。そのうち、家で使われていないラジカセを見つけて我が物にし、そのラジカセがエアチェックに大活躍した。そうやって、ビートルズの未知の曲を少しずつ知っていった。ある意味、自分にとってはそのひとつひとつが彼らの「新曲」だった。目を皿のようにしてラジオ欄をチェックしては、ビートルズの「新曲」に出会える機会を心待ちにしていた。あれは、とてもいい思い出。

「And I Love Her」をはじめて聴いたのは、AMラジオの番組だった。たしか「Back In The U.S.S.R.」と一緒にかかった。小中学生当時とくに初期ビートルズに夢中だった自分は(今でもそうだけど)、ポールが歌うこの切なく美しい曲に完全に釘付けになった。なんて綺麗なメロディーなんだろう。ドファミレという4音のシンプルなギターフレーズの繰り返しも胸を打つし、間奏で少し音が上がる(半音転調)ところもすごくいい。全体にマイナーとメジャー、悲しみと憧れが交錯する曲調。出会いのときには全神経を耳に集中させて聴いていて、歌が終わった後のエンディング部分、ドファミレのギターが4回繰り返されるところで、最後は明るく終わってほしい、と思ったことをよく覚えている。説明のため当時は知らなかったコードネームを使うなら、GmとDmのマイナーコードの繰り返しから、最後はDmでなくDメジャーで終わってほしいと思っていた。果たして本当にそうなった。悲しい願いが届いて光が差すような終わり方。ああ、こんな終わり方をしてくれて、本当にこの曲は完璧だと、とても感激した。

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映画「A Hard Day’s Night」のこの曲の演奏シーンで、ジョージがイントロのフレーズを弾いた後、ギターを大切そうにぐっと抱きかかえるところ、とても好き。

それからしばらく、AMラジオから自分で見つけ出した「And I Love Her」はビートルズの中でも特別に大好きな曲になった。ラジオから録音したテープを繰り返し聴いては幸せな気持ちに浸っていたが、そのうちFMラジオからもっといい音質で録音できた。さらに、LP、CDと音質は徐々にグレードアップしていったのだが、音がすっきりと聴きやすくなるたびに、何だか自分の中では段々と違うものになってしまった。理由はだいぶ後になって気付いた。自分にとってこの曲は、はじめて出会ったAMラジオのローファイな音質で聴くのが最良の形だった。あのハッピーサッドなメロディーとギターフレーズ、そして最後の救いのメジャーコードは、AMラジオの音質で自分の心に一番痛切に響いてきたのだ。

こんな経験があって、音楽はハイファイであればあるほど良いというものでもない、と考えるようになった。初期ビートルズの楽曲は、低音質のラジオでも魅力的に聞こえるように意識して制作されていたという話も後年になって知った。そのAMラジオを録音したテープは、とっくに上書きしたか捨てたかして、この世に残っていない。あのときの「And I Love Her」は、十代前半だった自分の思い出の中でだけ聴くことができる、もう永遠に戻らない曲。

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