The Beatles「Get Back」第1話:産みの苦しみと尊さ

昨年11月に公開されたビートルズの映画「Get Back」をようやく見始めた。全3話、約8時間に及ぶ大長編。いくら大好きなビートルズが主人公とはいえ、解散直前の疲弊しきった4人である。薄暗いスタジオでの険悪なやり取りに長々と付き合うことになるのかと思うと、どうにも気が重かったが、こんな大掛かりなものが公開されてしまった以上、見ずにスルーという選択肢もちょっと考えられなかった。ほかに見たいものも特にない映像配信サービスへの加入も面倒で、見るまでのハードルはだいぶ高かったけど、1か月だけ入って退会しても構わないようなので、昨年12月末頃にえいやっと入会手続きをした。入会の際に特に細かい個人情報なども求められず、メールアドレスとパスワードとクレジットカード番号だけであっさり登録できたのは拍子抜けするぐらいで、少しほっとした。考えてみれば、高額なDVDセットを買ったり、遠くの映画館に出向いたりせずに、1か月分の配信料金だけ払ってちょこちょこ小分けで見ればよいのだから、この形で提供されたのは自分にとってむしろ有り難いのである。現時点で、第1話をやっと見終わったところ。


第1話は、1969年の新年にライブショーのリハーサルが始まってから、1月10日のジョージ脱退事件まで。そのショーは日程だけが決まっていて、どんな曲をやるのか、どこでやるのか、はっきりしたことが全然固まっていない。第1話を見た印象を一言で言えば「悪夢」である。いや、自分がこういう夢を時々見るのだ。自分は大学時代に組んでいたバンドの一員で、自分たちが出演するライブの会場にいるのだが、まったく準備ができていない。その演奏のためのリハーサルは全然やっていないし、どんな曲をやるのかも決まっていない、しかも自分はギターすら持ってきていない……という夢。1月10日までのビートルズの状況も、何だかこれに似ている。60年代半ば、ビートルマニアの時代にもきっと、似たような切羽詰まった状況はしょっちゅうあったのだろう。殺人的スケジュールをこなしながら、後世に残る傑作を次々に生み出していった化け物バンド。上り調子の若いビートルズには勢いがあったし、ジョンにはバンドをぐいぐい引っ張るエネルギーがあったし、何と言ってもブライアン・エプスタインがいた。69年のビートルズにはそのどれもがない。彼らのリアルな様子を見ているとやはり、メンバーの不和よりも、オノ・ヨーコの存在よりも、ブライアン・エプスタインの不在が、ビートルズ解散の一番大きな要因だったと思わされてしまう。バンドをまとめられる「大人」がその場に誰もいないというのが、一番痛々しいところだった。バンドをやる気を失っているジョン、しょっちゅう小競り合いばかりしているポールとジョージ、ムードメーカー然として一歩引いたところにいるリンゴ。彼らに必要だったのはしっかりした「上司」なのだ。逆に、もしブライアンがまだ元気に生きていたら、ビートルズはもう少し長く続けられたんじゃないかとも、やはり思う。先の見えない話し合いをだらだら続ける様子はどうしようもないけど、新たに音楽を生み出すときの彼らは、こんな状況でも輝いていたのだ。

getback1.jpg

4日目の1月7日朝、ジョンは遅刻して、ポール、ジョージ、リンゴの3人が先にリハーサルを始める。ポールがベースをかき鳴らしながら、後に「Get Back」となるものを生み出そうとする。第1話で自分にとって一番のハイライトはここだった。「焦りから新曲のアイデアを探るポール」という字幕が出て、何かモヤモヤしたインスピレーションをまとめようと試行錯誤するポールに、ギターで合わせ始めたジョージが「それいいね、音楽的に最高だ」と声をかける。これこそが、「Get Back」という曲が形となり、この世に生まれ落ちた瞬間である。とても美しく、尊い瞬間だと思った。こんな凄いシーンが見られるのなら、この映画を見ることにして良かった。頭を振りながらベースを弾き歌い、必死に何かを形にしようとしていたポールが母親なら、このときのジョージは助産師の役割を果たしたと思う。だから、当時のビートルズにとって「レノン=マッカートニー」という作曲クレジットはもう無意味なものになっていたのだとも、改めて認識させられる。ジョージが翌年にプロデュースしたドリス・トロイのアルバム、さらに自身の「All Things Must Pass」のセッションで、「Get Back」のカバーを試みていた理由もこれではっきりしたというものだ。この曲の誕生にはジョージも深く関わっていたのだから。


1月10日、ジョージとポールがギターの演奏をめぐって衝突して、ジョージの一時脱退に至る出来事も、第1話を見たところではこの「Get Back」のアレンジが直接の引き金になったように描かれている。ギターの演奏に細かく注文を付けるポールにジョージが切れた、というのが今までの認識だったけど、リアルなやり取りを見ているとちょっと違う感じがした。むしろ、どう弾いてほしいのか具体的に指示ができれば問題はなかったのかもしれない。ポールがジョージに弾いてほしいのは「普通のコード」じゃなく「何か連想させるやつ」「もう少し離れる感じ」「細身のズボン風のコード」と、抽象的すぎて何を言ってるのか全然わからない。このやり取りの後、ジョージの表情が明らかに硬くなって、こめかみに青筋が立っているのが見えるようだ。そのまま昼の脱退宣言となって、残された3人はヨーコとやけくそな演奏を繰り広げ、第1話は終了。やはりこういうシーンを見るのはつらい。ここがこの長大な映画の一番ネガティブなハイライトであってほしいと願いつつ、第2話でビリー・プレストンが颯爽と登場してこの場を救ってくれるのを待ちたい。

ここまで見ていて思ったのは、ベーシックでシンプルに見える音楽でも微妙なバランスで成り立っていて、繊細な取り扱いを要するのだなあ、ということ。「Get Back」や「Two Of Us」のような曲は、バンドで楽しくセッションしているうちに自然にできたような音楽だと思っていたけど、こうやって制作過程を見ていると、かなりシリアスなやり取りと試行錯誤を経ている。ジョージを怒らせた「Get Back」のコードも、最終的な形を聴けば単なるマイナーセブンスなのだけど、そこに至るまでが大変なのだ。トム・ペティの「Wildflowers」の制作過程を聴いていても思ったことだけど、シンプルなものはシンプルであるほど奥が深く、繊細。音楽の神が宿るのはそんなところなのだと、改めて。
第2話につづく

タイトルとURLをコピーしました