The Beatles「Get Back」第3話:そして誰も逮捕されなかった

ビートルズの大長編映画「Get Back」、全3話を見終えた。全編8時間弱にわたる長丁場も、10回以上にわたって夜な夜な小分けにして視聴を進めていったら、わりと難なく最後までたどり着けた。1969年の新年から1月末まで続くビートルズのリアルな日常を、かなり近い視点で少しずつ体験できて楽しかった。季節がたまたま同じ1月だったのもまた良かった。これで、映像配信サービスは予定通り1か月だけで退会できそうだ。ほかに見るものがまったくないわけではない。本作を見終えたビートルズファンを狙い撃ちするかのように、今度はポールがリック・ルービンと対談する長編ドキュメンタリー全6回なるものが差し出されてきたけど、その手には乗らぬ。もちろんそれも非常に興味はあるけど、当面はもうお腹いっぱいである。
(これまでの記事:第1話第2話

1969年1月のビートルズ、「Get Back」セッションもここまで進むと、結末のルーフトップコンサートまで自分にとってそんなに驚くような展開はなかったけど、メンバー間での協力関係は末期ビートルズでも健在だった、という前評判どおりのシーンは随所にあった。リンゴとジョージが協力し合って「Octopus’s Garden」を作曲する様子は、曲そのものと同じぐらい心温まるもの。そのジョージの新曲「Something」では、「Attracts me like…」の先の歌詞がまだ思いつかず苦心しているジョージに、そこはとりあえずカリフラワーでも入れとけ、といかにもジョンなアドバイスがあったり。ポールと結婚する前のリンダがスタジオに連れてきた娘さんのヘザーちゃんが、まったく物怖じせず奔放な可愛さを振りまいたりと、第3話は楽しいシーンも多い。

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今回のセッションシーンで一番面白かったのは、そのヘザーちゃんの声が入っている「Dig It」だった。アルバム「Let It Be」では1分に満たない抜粋が収録されたこの曲が、実際は10分以上にわたるジャムセッションだったことは、ビートルズファンなら誰でも知っている。そのロングバージョンの序盤に、女性の「アーー」という奇妙な声が入っていることはブート音源で聴いて知っていたけど、自分はてっきりヨーコの声だと思っていた。ところが実際には、直前にビートルズの演奏をバックに奇声を発するヨーコの様子を見ていたヘザーちゃんが、「Dig It」ではその真似をしていたのだ。ジョンも驚いた顔で「ヨーコ!」と言っている。ヨーコだと思っていたものが「ヨーコの真似をするヘザーちゃん」だったなんて、自分も驚いた。こんな風に、前衛音楽でも何でもぱっと遊びに取り入れてしまう6歳児の柔軟さ、凄い。

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いよいよ終盤、屋上で演奏することについて、ビートルズの面々が当日の朝までためらっている様子だったのが意外といえば意外だった。映像には残っていない話し合いの末に屋上に行こうとなったようだ。逮捕上等、いいラストシーンになるじゃないかとリンゴは思ったようだけど、60年代末のロック界は麻薬がらみでトラブルの絶えなかった時代。警察とは余計なもめ事を起こしたくなかったかもしれない。屋上でセッティングを始めるポールの表情にはまだ不安が伺えるのだが、演奏が始まるやいなや、テンションが振り切れるのがさすがという感じだった。屋上からは下をのぞき込まなければ街路の様子は伺えず、身内やスタッフたちに見守られながらの演奏開始だったけど、それでもポールには人前で演奏できるのがとにかく嬉しかったのだろう。


一方のジョンは「つらい、手がかじかんでコードが弾けない」とひたすら寒そうにしながら、かじかんだ指にしきりに息をかけて頑張っている。今これを観ている自分も同じ季節を過ごしているので、屋上の寒さが実感として伝わってくる。数曲やって暖まったところで、この屋上に音楽の神が降り立ったのがありありとわかる。「I’ve Got A Feeling」「One After 909」「Dig A Pony」と、後に「Let It Be」に公式に採用される名演が立て続けに披露される。ここでのジョージのギターがいかに神がかっていたかについては、ルーフトップ50周年記念として当ブログに載せた記事に書いたとおり。どの演奏も、リハーサルの何倍も素晴らしい。あんなに手がかじかむほど寒そうな屋上で、立って演奏していたのに、あの音色とフレージングの冴え渡り方は、ギターの神の助けがあったとしか思えないのだ。あの3曲の流れには、追い詰められたとき本領を発揮する4人の集中力の凄さを存分に感じた。

ただ、ルーフトップの演奏シーンは、もう少し純粋なコンサート映像として観られることを期待していたのだけど、数台のカメラの映像を分割した構成になっていて、街頭インタビューの音声もしきりに挟み込まれる。治安妨害の苦情を受けて演奏をやめさせようとする警官と、マル・エヴァンスやアップルのスタッフとの押し問答も演奏と同時進行で、ちょっとハラハラさせられてビートルズの素晴らしい演奏に集中できないところはあった。まあ映画としてはこれでいいのだろう。ルーフトップの場面はまた別の映画として公開されるようなので、そこではもっと演奏に焦点を当てた構成になるのかもしれない。

「Get Back」でのビートルズの様子を最後まで観て、ああそうだったんだ、と強く印象づけられたことのひとつは、彼らがしょっちゅう過去の自分たちを参照していたこと。前年のホワイトアルバム制作やインドでの修行体験はまだ記憶に新しかっただろうけど、デビュー前のハンブルグではああだったとか、64年の公演でこんなことがあったよね、とか、折に触れて振り返っている。この映画がビートルズ栄光の歴史をざっとまとめた映像から始まるのも、そこを強調する意図があったのかもしれない。第1話の最初の方で、ライブショーの曲目には皆が知っている曲、たとえば「Every Little Thing」とかも入れたら、とジョージが提案するシーンがあって、自分にとってはあまりにも意外でびっくりしてしまった。69年のビートルズが「For Sale」の曲をライブで演奏するなんて、ジョージの代わりにエリック・クラプトンが加入するよりもあり得ないことだと思ってしまうけど、本人たちにとっては同じ4人で作ったアルバムなのだ。

レコードに残された音楽で接しているリスナーとしては、アルバムごとに区切ってビートルズをとらえがちになる。1962年のデビューから、変化に次ぐ変化を経て、コンサート活動をやめた67年以降には作る音楽ばかりか4人の容貌まで激変してしまい、67年、68年、69年のビートルズはそれぞれ違う3つのバンドのように思える。でも本人たちにしてみれば、十代の頃から苦楽を共にして、連綿と続けてきた生活そのものがビートルズ。各アルバムはその時々のスナップショットに過ぎないのだろう。「Get Back」に映し出されたビートルズも、1969年の1か月間だけの姿。その前には4人の長い歴史があって、その後のいきさつも未来の自分たちビートルズファンは、すでにあれこれ事細かに知っている。ビートルズは間もなく「Abbey Road」を生み出し、バンドは崩壊し、4人の人生はその後も続いていく。ジョンとジョージの2人はすでにこの世を去ってしまった。運命の歯車は誰にも止められず、巻き戻すこともできない。「Get Back」で長々と見てきた4人は、限りある時間と緊密な人間関係のつながりに縛り付けられたり、引き離されたりする儚い人間たちだった。今これを書いている横でもスピーカーから流れている音楽は、そんな運命に翻弄される人間たちの手を離れ、ものによってはきっと100年でも200年でも生き続ける。そんな音楽を自分はこのまま死ぬまで聴き続けるはず。時間も運命も飛び越え、未来永劫にわたって伝わる作品を生み出すことは、何よりも尊いことだと思う。

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