ロックンロール!お前もな!~「The Beatles: Get Back – The Rooftop Concert」を映画館で観た

1969年1月、どこに着地するか全然決まらないライブショーのプロジェクトをどうにか形にすべく、迷走を繰り返しながら新曲を作り上げていったビートルズを8時間近くにわたって描いた映画「Get Back」。1969年1月30日にアップル本社ビル屋上で行った通称「ルーフトップ・コンサート」が、そのクライマックスとなった。コンサートから53年経った2022年1月30日に、映画からその部分を中心に抜き出して編集した1時間ちょっとの「Get Back – The Rooftop Concert」が、海外の映画館でプレミア公開。日本でも2月9日から5日間限定で公開されることに決まって、関東地方のとある田舎で暮らす自分にも観に行けるチャンスが到来した。


実は、自分はビートルズ映画を劇場で観たことがこれまで一度もない。数年前に公開された「Eight Days A Week」も、観れば絶対に楽しめることはわかっていたが、忙しすぎたか何かで映画館に足が向かなかった。今回は「Get Back」全3話を3週間ほどかけて夜な夜な視聴して完走した上で、事前に配信公開されていたルーフトップ・コンサート全編収録のアルバムを何度か聴いて音の良さも確認し、と映画館まで行く機運は十分に醸成されていた。でもそれ以上に誰が何と言っても、ルーフトップでのジョージを映画館で観たい一心だった。あのときのジョージはルックス面でも音楽面でも、オーラが凄いのである。あのジョージに映画館で会えるのならぜひ会いに行かなければならない。この機会を逃してはならぬ。先週の土曜日、観てきた。

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映画館は、こちらに引っ越してきてから一番よく買い物に行く最寄りのショッピングモールの最上階にあった。最寄りとはいえども自宅から車で1時間弱はかかる場所。モールに着いて昼食を済ませ、予約しておいたチケットを発券して、開演までまだ1時間余っていた。手持ち無沙汰の時間は、普通に行きつけの店で買い物などしてつぶした。何だか、コロナ禍が起きる前、ライブを観る前の気分にちょっとだけなった。配信なら自部屋に座したままいつでも好きな時間に観られるわけだけど、映画にしろライブにしろ、物理的に観に行く場合は向こうに決められた時間と場所に合わせて行動しなければならない。こういうのも懐かしいな。自分はこれからビートルズのライブを観に行くんだ。凄いじゃないか、こんな行きつけのショッピングモールで。

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映画館で初めて体験したビートルズは、やっぱり素晴らしかった。画質も音質も最高で、まさに今この目の前であの4人とビリー・プレストンが演奏しているかのようだった。ただし映画の内容は、観る前に想像していたものとは違っていた。自分が勝手に期待していたのは、映画の観客があの屋上にいた観衆の一人としてビートルズのライブを体験できる、純粋な音楽映像として新たに制作された作品だった。実際に観てみたら、要は元の映画の真ん中から数時間の紆余曲折の部分をばっさりカットしたもので、内容そのものの変更は基本的になさそうに見えた。第1話冒頭と同じ、ビートルズ栄光の歴史を振り返るダイジェストから始まり、その後1月3日からのリハーサル場面を丸々飛ばし、一気に30日のルーフトップに着地する。警官たちとのやり取り、オフィス街の人々へのインタビューも元のまま演奏にかぶさる。それでも今回は映画館の大画面だったので、ビートルズ以外の要素を視界に入れず、自分の観たいところだけ集中して見るということができた。もちろん街頭インタビューの内容も面白いのだけど(ビートルズを全肯定し、娘を結婚させてもいい、金持ちだろうから、と語る初老の紳士がいつ見ても良い)一回見れば十分。

それにしてもギターの演奏に一心に集中するジョージの表情には、本当に神々しいものを感じた。気が付けば目がジョージを追っている。ローズウッドの茶色いテレキャスターから奏でられる艶っぽい音色にも、耳が釘付けになる。もうチューニングやちょっとしたフレーズ練習の音だけでも惚れ惚れしてしまうほどに、このルーフトップでのテレキャスターは気持ちいい音を出しているのである。その音色が映画館の音響でさらに際立って、幸せな音楽体験だった。ここまでいい音はスタジオのレコーディングでも出ていなかったように思う。何かあの屋上にはマジックがあったのだ(アレックスではなく)。「One After 909」や「Dig A Pony」でのジョージの神がかり的な名演ぶりは、この出音の良さに触発されたのだと思った。エレキギター弾きは、アンプから出てくる音が良いと燃えるのである。そんなジョージのリードギタリストとして一世一代の勇姿を映画館で存分に堪能できたのは、本当に満足だった。

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ルーフトップ・コンサート中、ジョージの勇姿以外に、とても気に入っているシーンがある。曲と曲の間、別のビルの屋上から見ていた誰かが「ロックンロール!」と叫び、ジョンが即座に「お前もな!」と返す一幕。これが、映画を見終わった後からじわじわと来た。ジョンと観客が対等の立場で「ロックンロール!」「お前もな!」と、一対一のやり取りをしているのである。ルーフトップから2年半前、66年8月までのビートルズは、黄色い大音響を発する巨大な壁の前で演奏しているようなものだったに違いない。きっと、そんな熱狂的ビートルズ現象が起こる前、ハンブルグやキャバーンで演奏していた頃の彼らは、観客とこういうやり取りをしょっちゅうしていたのではないか。解散して永久に別れ別れになってしまう直前に短時間だけでも、観客と一体になって熱く演奏していたデビュー前のような状況に文字どおりゲット・バックできて、よかったなあビートルズ、と何だかぐっと来るものがあるのだ。この「ロックンロール!」「お前もな!」のやり取り、ちょっと素敵じゃないか。もしフィル・スペクターがここを切り取ってアルバム「Let It Be」のどこかに挟み込んでいたら、ロック名台詞のひとつとして歴史に残っていたのでは、と妄想する。

1969年1月30日木曜日、ロンドンのビジネス街のど真ん中で平日に屋上ゲリラライブなんかやらかして、ビートルズに興味のない世間一般の人々にしてみれば、本当に近所迷惑以外の何ものでもなかっただろう。でも、当時の無計画なビートルズが普通に地上でライブをやっていたら、もっとカオスな状況になっていたかもしれない(あの「オルタモントの悲劇」が起きたのも69年)。ビル屋上だったから騒音公害だけで済んだし、演奏を止めさせようとする警官たちをアップルのスタッフやマル・エヴァンスが受付でしばらく食い止められた。特異な状況と機転の利くスタッフに守られて(警官の一人に「重量制限があるので上には行けません」と返すセリフには笑う)、ビートルズは平和に素晴らしい演奏ができた。当時の世間一般に面と向かっては晒されず、しかしまったくの無観客ではないビルの屋上という世界だったからこそ、このライブは1969年という時代を飛び越えて、永遠性を獲得できたのだと思う。

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映画が終わって劇場を出るとき、後ろを歩いていた観客たち(たぶん自分よりずっと若い)が「つい最近の出来事みたいだったな。でももうメンバー2人死んでるんだよな」という意味のことを言ってるのが聞こえて、まさしく、これがすべてを言い表しているな、と思った。目の前で演奏する、鮮やかな画質と音質で蘇ったビートルズを観ていて、53年前の出来事とはあまり思えなかった。100年経っても、この感想はあまり変わらないのではないか。時代を飛び越えることができた音楽は永遠に残る。同じ空間を共有した観客のコメントが聞けるのも、リアルな映画館ならではのことだ。本当に観に行けてよかった。

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