The Beatles「Long, Long, Long」

先日、ビートルズのホワイトアルバムのジャイルズ・マーティンによる2018年ミックスを久しぶりに聴いていて、やはりいいなと思ったのが「Long, Long, Long」だった。当ブログでかなり最初の頃に「ホワイトアルバム50周年盤のジャイルズ・マーティン・リミックス、良い(個人の感想)」という記事を書いたことがあって、そこで言ったのと同じことをやはり思う。オリジナルミックスでは遠くから聞こえてくるような処理がしてあるジョージのヴォーカルが、新ミックスではぐっと前に出て、ジョージの存在感が生々しく立ち現れてくるのだ。もうジョージはこの曲の時点で「All Things Must Pass」の世界をしっかり自分のものにしていたのだと気付かされる。


特に「All Things Must Pass」っぽさが強く感じられるのは、ピアノが入る中間部である。この曲のWikipediaによれば、ピアノを弾いたのはホワイトアルバムでプロデューサー補佐を務めていたクリス・トーマスで、ムーディー・ブルースの「Go Now」のスタイルでやってくれ、とジョージからリクエストがあったという。なるほど、言われてみれば確かに、という話。この曲のヴォーカルは、後年ウィングスでポールと組むデニー・レイン。ちなみにムーディー・ブルース時代のデニーは、ビート・クラブでの「Bye Bye Bird」のライブ映像が非常に格好良かったことも、ついでに付け加えておく。

このゴスペル調のピアノと、ゆったりとしたカントリーワルツのリズムが非常に「All Things Must Pass」的で、これにペダルスティールでも入っていればもう「Behind That Locked Door」あたりに直接つながる世界。こんな風に、ビートルズから一本立ちして大きく羽ばたいたジョージの姿がこの曲から浮かび上がってきたのは、2018年ミックスを聴いてからのことだった。「Long, Long, Long」の真価を自分に気付かせてくれたのは、本当にジャイルズ・マーティンのナイスな功績。

コード進行はボブ・ディランの「Sad Eyed Lady Of The Lowlands」を下敷きにしたとジョージ自身が明かしていて、こうやってジョージの音楽世界にディランが直接関わってくるのも、この曲あたりが初めてではないだろうか。歌詞は、ラブソングとも神への愛の吐露とも取れるものだけど、相手が神ならばあの「My Sweet Lord」と共通する内容になる。とても長い時間が必要だけど、神のもとに近付きたい、神の姿が見たいという切望。「Now I can see you, be you」の「be you」というところに、やはり一般的なラブソングには収まりきらない思いを感じる。「あなたに会える」はわかるけど「あなたになれる」とはどんなことなのか。「Long, Long, Long」では、とてもとても長い時間がかかったけど、ようやく純粋な気持ちで神の存在と向き合うことができる、という喜びを歌っているようだ。ディランの登場といい、「My Sweet Lord」と地続きの神への愛をストレートに語る歌詞といい、ビートルズのジョージ曲の中では「ビートルズ後」の予兆が一番はっきりと現れた曲だったんだなあと、改めて思う。

この曲はエリオット・スミスがライブのレパートリーにしていた。前にも別記事「エリオット・スミスのビートルズカバーで一番好きな曲」で書いたように、エリオットはビートルズのジョージ曲を盛んに取り上げていて、こんな地味な曲もやっていたのである。そして、この記事を書くためにエリオットのこともさっき調べていたら、この曲にまつわる重大な事実を初めて知って、とてもしんみりとした気持ちになってしまった。2003年9月19日、エリオット生前のラストライブで最後に演奏された曲が、「Long, Long, Long」だったというのだ。彼は1999年から2000年にかけての年またぎのニューイヤーコンサートで、年が明けた直後にジョージの「Give Me Love」を演奏している。エリオットの2000年代はジョージで始まり、エリオットが生涯最後に演奏した曲もジョージだった。改めて、エリオットとジョージの深いつながりについて考え込まずにはいられない。


setlist.fmの統計によれば、エリオットが「Long, Long, Long」をライブで取り上げ始めたのは2002年の秋に入ってからだったようで、2003年10月に亡くなるまで8回演奏している。この最晩年のエリオットが「Long, Long, Long」を繰り返し演奏していたことに、何ともいえない切実さを感じてしまう。作者のジョージは、長い間見失っていた神の存在を見つけることができた喜びをこの曲に込めた。晩年のエリオットは、この曲に何を感じていたのだろう。エリオットが見失っていたのは、神というより自分自身だったのかもしれない。とてもとても長い時間がかかるだろうけど、いつかまた生き直せる、自分の人生を再び見つけることができる、という救いをエリオットはこの曲に見出していたのだと、自分は思いたい。その願いは果たせなかったけども、最後の希望として。

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