The Beatles「Love Me Do」の謎

今年から58年前の1962年9月にレコーディングされ、10月5日に発売された、ビートルズの記念すべきデビュー曲「Love Me Do」。自分にとっては謎が多い曲である。初期ビートルズの曲の中でも、以降のものとは印象がかなり違う。初期の彼らは完全にギター中心のバンドのはずなのに、この曲ではギターがあまり聞こえず、ハーモニカだけが前面にフィーチャーされている。ドラムは、バスドラムとスネアでごくシンプルなリズムを刻むことに徹し、シンバルは間奏の後の決めで一発ジャーンと入るだけ。初期ビートルズサウンドの大きな特徴は、アタックの強いギターと8ビートのシンバル叩きまくりにあるので、「Love Me Do」はずいぶん異質に聞こえる。

一番の謎は、それまでジョンが歌っていたパートを土壇場でポールが歌うことになったという経緯。ちょっと調べてみても、それぞれの関係者が少しずつ違う話をしていて、何が本当なのか混乱してしまう。「The Complete Beatles Recording Sessions」の冒頭インタビューでポールが語っているエピソードはよく話題になる。ジョージ・マーティンと「Love Me Do」を初めてレコーディングするとき、それまで「So pleeeease」の後で「Love me do~」を歌っていたのはジョンだったのに、ジョンがハーモニカを吹きながら歌うのは無理があるとわかったため、マーティンにダメ出しを食らった。「ちょっと待ちなさい、これでは『Love Me Do』ではなくて『Love Me wahhhh(ハーモニカの音)』じゃないか」というので、そこを歌う大事な役目が急遽ポールに回ってきて、大いに緊張して歌声が震えてしまった、という話。ただでさえ緊張する初レコーディングの場での急な役割変更、そりゃびびっても無理ないよね、という笑い話だが、これもよく考えると色々と引っかかるのである。

リンゴがドラムを叩いたシングルバージョン、ポールの声は震えているか

まず、ビートルズはレコーディングの前にステージでこの曲を何度もやっていたはずなのに、ジョージ・マーティンに指摘されるまで、ハーモニカとヴォーカルが同時にできない点に気付かなかったのだろうか。普通に考えて、そんなはずはない。スタジオでレコーディングする段になって初めてこのアレンジを採用したから、ジョンが「Love me do~」のラインを歌うのに無理があることに気付いたのではないか。そうすると、レコーディング以前のライブで披露されていた「Love Me Do」にはハーモニカが入っていなかったはず。ジョージ・マーティンは、ビートルズがそのとき持ってきたレパートリーの中で「Love Me Do」が気に入った理由としてハーモニカを挙げていた。そうすると、やはりこの曲には元からハーモニカが入っていたことになるのだが、上記のことからこれもどうもおかしい。ビートルズはマーティンに初めて会ったのは1962年6月6日、アビー・ロード・スタジオでレコーディングテストを受けたとき。その日まで、ビートルズはこの曲でハーモニカを使う意図はなかったと思う。62年元旦に受けたデッカのオーディションは不合格、その後もほかのレコード会社からことごとく却下され、ようやくEMIと契約できるチャンスをつかんでレコーディングテストを受けるという大事な日に、得意曲のアレンジを突然がらりと変えて混乱を招くなんて、普通はやらないだろう。まあビートルズならやりかねないけど、ハーモニカを入れることにしたのはマーティンの指示があったからだと考えるのが自然。「Love Me Do」はハーモニカが良かったと語ったマーティン先生だが、それを入れさせたのは当の本人だったということになる。

62年6月にハーモニカが初めて導入されたとすると、それ以前のハーモニカなしの「Love Me Do」はどんな感じだったのか。この曲というと真っ先に思い浮かぶのがハーモニカの音色なので、なかなか想像が難しい。世界中が知っている「Love Me Do」とはかけ離れた曲だったに違いない。「Love Me Do」のギターが薄いのは、ジョンがハーモニカに両手を取られてギターが弾けなかったからで、ジョージがアコースティックのシンプルなコード弾きでリズムギターの役割をしていて、リードギターは入らない。ハーモニカが入る以前の「Love Me Do」は、もっと初期ビートルズらしいギター2本のアレンジで激しくやっていたのかもしれない。


この曲の初レコーディングは、ビートルズがアビー・ロード・スタジオでジョージ・マーティンと初めて顔を合わせた1962年6月6日。このときのドラマーは、ピート・ベスト。その後、9月4日と9月11日に正式なレコーディング。9月4日はピートと交替したばかりのリンゴ、9月11日はセッションドラマーのアンディ・ホワイトがドラムを叩き、前者がシングル、後者がアルバムに収録されたのだが、95年の「アンソロジー1」で6月6日のバージョンが世に出るまで、ポールの声が震えてしまったという初レコーディングは、9月4日のシングルバージョンのときだと言われていた。先に書いた「Recording Sessions」でポールが語るエピソードでも、自分の声が震えているのが「レコードでも」よくわかるよ、と言っている。6月6日バージョンは、「アンソロジー1」に収録されて世に出るまで、テープはすでに破棄されて聴くのは不可能だと思われていたのだ。シングルバージョンでのポールのヴォーカル、言われてみれば震えているように聞こえるけど、実際にはポールが初めて歌うことになったのは6月6日の出来事で、正式レコーディングの3か月も前。9月の時点ではもう心の準備ができていたはずで、緊張で声が震えることもなかっただろう。6月6日バージョンの「Love Me Do」では、たしかにポールの声にちょっと当惑の気持ちを感じなくもない。

そして、ピート・ベストがドラムを叩く6月6日バージョンの面白いところは、ハーモニカの間奏のところでリズムがシャッフルからストレートな8ビートに変わる場面。ここはハイハットシンバルも入って、初期ビートルズらしさが強く感じられる展開なのだ。後年の「I Call Your Name」では、8ビートからシャッフルに変わる間奏のリズムアレンジが印象的でよく言及されるが、その逆ならここですでにやっていたのだ。かつてのライブでもこんな風にやってたんだろうか。それとも、これもその場でのアレンジ変更だったんだろうか。ハーモニカ導入と同じように、これもジョージ・マーティンの鶴の一声で決まったのかも。そもそも、マーティン先生にダメ出しを食らうまで、ジョンが「Love me do~」と歌っていた元々のヴォーカルアレンジはどんな感じだったんだろう……やはり、この曲は謎が多くて、考え始めると次々に憶測や妄想が湧いてきてしまう。

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「Recording Sessions」の62年6月6日の項より。ビートルズとジョージ・マーティンの初顔合わせの場で、最初はなかなか打ち解けなかった彼らに「何か気に入らない点があったら言ってくれ」と尋ねたマーティンに対して、ジョージが「まず、あなたのネクタイが気に入らないな」とジョークを飛ばして一気に緊張がほぐれたという、大好きなエピソードもこの日の出来事。

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