「Now And Then」を20回聴いて:ビートルズは本当にAマイナーで終焉するのか

ビートルズの「最後の新曲」であるという「Now And Then」。日本時間11月2日23時の公開時間を待って何度も聴いたし、CDやレコードは買ってないけどダウンロード購入はした。この2日間ほどで20回ぐらいは聴いただろう。近ごろは自分の精神状態が悪く、常に朦朧としながら暮らしているので、この「Now And Then」という曲もなかなか頭に入ってこなかった。こんなにシンプルなのに……10回ぐらい聴いてやっと脳内再生できるようになった感じだ。かように情けない状態なので、ブログにまとまった感想記事など書けそうにもない。そもそも、これは何なのかが自分にはまだよくわからない。何なんだろうか。ビートルズは1970年4月に正式に終わったバンドではなかったのか。「最後の新曲」は70年1月に取り組んだ「I Me Mine」だったはずだ。自分がビートルズの存在を知った頃には、ジョンはすでにこの世の人ではなかった。自分にとってビートルズはすでに歴史上のバンドだった。だからこそ、永遠の存在だった。本当はもうそれで全然良かったのだ。どうして2023年の今になって「最後の曲」とか「とうとう終焉を迎える」とか、ことさらに「終わり」を蒸し返して強調されなければならないのか。ビートルズ・フォーエバーじゃなかったのか。今の弱り切っている自分は、「ビートルズの終焉」なんてあまりにも悲しい命題を突きつけられても、耐えられそうにないのだ。AIの助けを借りて、そんなしんどいことの追体験などしたくない。やめてほしい。ビートルズは終わらない。ビートルズは眠らない。


上記のことを思うのも、「Now And Then」という曲の作りやアレンジによるところが大きいのだろう。ビートルズの曲で、こんな風にど真ん中にマイナーなコードでジャーン!と終わるものは珍しいのではないか。ビートルズだったら、コード進行の妙でメジャーに転調するか、ブルージーな循環コードでフェードアウトするか、マイナーな序盤からまったく別の世界に飛躍してアクロバットな着地を決めるか……いずれにしても、歌い出しのマイナーコードのまま、ストレートに終わりを迎えるなんて、まったくビートルズらしくない。ここに大きな悲しみを感じる。これもまた、大団円のわかりやすい演出なんだろう。どストレートなAマイナーで永遠のお別れ。こういう演出には、どうも胸をえぐられるようなダメージを受けてしまう。何度も繰り返すけど、自分の中でビートルズは光り輝く永遠の存在である。Aマイナーでお葬式みたいな終焉を迎えるようなことは受け入れがたい。でも、スライドギターに導かれて変拍子で最後のコードに向かっていく部分は美しい。きっと自分はこの曲も徐々に好きになっていくのだと思う。それにしてもこのスライドギター、1995年のジョージではなく、今のポールがジョージへのトリビュートとしてジョージスタイルで弾いたのだという。自分は最初に聴いたとき、てっきり当然のごとくジョージの演奏だと思っていた。当時、この曲の制作に一番気乗りしていなかったというジョージ、制作も数日で中断しただけあって、まだ試し弾き段階だったのだろう、100%本気の演奏ではないな、と思ったけど、よりによってポールだったとは。弾かないジョージと、代わりに何でも器用に弾いてしまうポール、この二人の音楽的関係だけは、この曲のとてもビートルズらしいところだと思う。

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アコースティックギターはジョージの音も入っていると思って間違いないだろうか

ただ、ここまで書いていて、でもビートルズのことだ、絶対にまだ何かほかのことを企んでいるに違いない、という気もしている。こんな終わり方はあまりにも「らしくない」。イヤフォンでこの曲を聴いていると、最後のコードが消える直前に何かぼそっと一言聞こえるのだ。自分には「One more」と言ってるように聞こえた。歌詞サイトを見るとそのセリフは「Good one」だという。まあ、自分は「One more」と聞き間違えたままにしておこう。やがて、30秒ぐらいの空白ののちに、全然違うふざけた曲が始まってブツッと切れるのかもしれないし。

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