The Return Of Bud Powell

先日の記事で最後に触れたバド・パウエルの生前最後の公式録音「The Return Of Bud Powell」、CDが届いてから何度か聴いている。この作品、一度も聴いたことがなかったわけではなかった。最初に聴いたときにちょっと取っかかりづらいところがあって、それっきりだったのだ。今ではもう少しじっくりと向き合うことができる。

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とても穏やかな表情のバド・パウエル。ジャケットには誇らしげに「1958年以来初めての新録音」という文字がある。1958年の録音とは「クレオパトラの夢」が入っている「The Scene Changes」のこと。この後バド・パウエルはヨーロッパに飛び、数年間はパリに落ち着いて演奏も録音も行っていたのだが、亡くなる2年前の1964年に本国アメリカに戻ってこのアルバムを録音している。アメリカでの新録音は58年以来ということらしい。

最初に書いた、この作品の取っかかりづらいところとは、ずばりバド・パウエルのヨレヨレすぎる演奏ぶり。特に1曲目の「I Know That You Know」はしんどい。メリハリのあるアップテンポの曲で、ドラム・ベースと決めのリズムを合わせなければいけないのだが、ことごとく外す。テーマの後、アドリブに入っても速いパッセージでは指がもつれる感じ。ドラムソロの後、テーマに戻ってからのエンディングはボロボロ、足並みがまったく揃わないままなし崩し的に終わる。最後をばっちり決められなかったドラムがトン、ダダッ、と無念そうにつぶやいて幕切れ。あまりにあまりな演奏なので、最初は伴奏者が下手すぎるのではないかと思ってしまい、ドラムとベースの経歴を調べたけど、どちらも当時バリバリ現役の実績あるプレイヤーで、まったく演奏力に不足はないはず。パウエルがこの二人についていけていない。自分はリズムの合ってない音楽が聴けないので、これはかなり厳しい。

ただ、この最初の試練を乗り越えれば、リラックスした良い演奏も聴くことができる。中でも特に「I Remember Clifford」はしみじみゆったりと聴ける。生前のラストアルバムにこの曲が選ばれたことは、考えると不思議な気持ちにもなる。天才トランペッターとして絶賛されながら、ツアー中の自動車事故で1956年に若くして亡くなってしまったクリフォード・ブラウンに捧げた曲だが、事故に遭った車にはバド・パウエルの実弟リッチー・パウエルも同乗していて、運転していた妻と一緒に亡くなっている。64年のバド・パウエルが弾く「クリフォードの思い出」はその弟夫妻にも捧げられていただろうし、この演奏の2年後に亡くなる運命の自分自身にも捧げられているような、そんな複雑に入り交じったトリビュートに感じられてしまう。ドラムとベースが最小限の伴奏を付けているがほとんどソロピアノ状態で、一音一音、ゆっくり静かに噛みしめるような演奏。


ジャズは厳しい音楽なのだなあと思う。いくらバド・パウエルのような大御所演奏家が主役でも、セッションでは伴奏者と対等の身分で渡り合う。現役バリバリのプレイヤーがヨレヨレの大御所に合わせてあげたりすることはなく、アップテンポの曲ではあくまで突進あるのみ、ついて行けない者は主役でも置き去りである。音楽を聴く限り、64年のバド・パウエルはすでに彼岸に片足を突っ込んでしまっている。現世でフルに頑張っているミュージシャンとはタイムが合わなくても仕方がないのだ。ウルトラマンなら、ひととおりの戦いが済んで胸のカラータイマーが鳴り、宇宙に帰らなければならない時期。バド・パウエルが自らの時間切れをウルトラマンみたく自覚していたのかどうかはわからないけど、結果的には亡くなる直前にアメリカに里帰りして、宇宙に飛び立つ前にこの「1958年以来」の最後の録音を残したことになる。実年齢的にはまだ40歳になるかならないかだったが、演奏を聴く限りずいぶん年老いた、そんな最後の姿も音盤に克明に刻みつけて後世に残した。これは前の記事に書いたような、一日の終わりに疲れた頭と心を休めたいとき聴くのにはあまり適さない作品。だけど、自分は今後もこれを聴くだろうし、残してくれていてよかった。

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