「Think Happy」と「Tristeza」~悲しみよ、さようなら

昔から大切にしている生涯の愛聴盤のひとつに、イーディー・ゴーメの「Blame It On The Bossa Nova」がある。イーディー・ゴーメ、ほかのアルバムでは壮大なオーケストラをバックに大熱唱するスタイルが多くてちょっと苦手なのだが、このアルバムだけは路線がまったく違う。ボサノバがテーマなので、抑えた歌唱がとてもチャーミング。伴奏も木管の温かい響きを中心にした小粋なアレンジで、いつ聴いてもいい気分にさせてくれる最高のくつろぎ音楽。イーディー・ゴーメがこういう抑制の利いたスタイルで楽しくやってるアルバムがほかにないものか、とずっと探していたのだが、今日Spotifyでとうとう見つけた。1970年の「A Man and a Woman」。やはりブラジル音楽がテーマの作品で、あのサバダバダの「男と女」から始まる。スキャットではなく英語の歌詞付きで歌われていて、そこが良い。


スティーヴ&イーディーの小粋な夫婦デュエット、居心地の良いブラジル風味のアレンジ、「Wave」やサークルの「Turn Down Day」まで取り上げてる選曲も素晴らしいし、あらゆる面で完璧である。「恋は水色/枯葉」という2曲を融合させた曲も入っていて、これは自分が愛してやまないカウンターメロディもの。まさに求めていたドンピシャなアルバムが見つかって非常にうれしい。これは「Blame It On The Bossa Nova」と一緒にアナログでぜひとも欲しい。

アルバムの中盤に「Think Happy」という曲がある。これはボサノバの名曲「Tristeza」の英語カバー。題名どおり目一杯ハッピーな歌いっぷりのこれを聴いて、少し涙ぐんでしまった。近年の自分は、こういう邪気のないハッピーなものに触れると涙腺が緩むようになった。チープ・トリックの「Surrender」なんかもそう。加齢のせいだろう。何だか、ううっと心が動いてしまって、「Tristeza」って幸せという意味だったっけ、と調べてみた。以下のブログ記事に原曲の訳詞が載っていた。まったく反対の意味だった。

Tristeza かなしみ (Bossaなタンコのてくてく日記)

深い悲しみを胸に抱えながら「らららーらー」と踊り、はじける歌。自分はブラジル音楽のこういうところが好き。そういえば、こないだの米国出張でUberタクシーに乗ったとき、よくしゃべる女性ドライバーさんがリオデジャネイロ出身だというので、ブラジルの歌によく出てくる「サウダージ」の意味を聞いてみたことがあった。「説明は難しいけど」と言いながら、「大切な人がいなくなってとても寂しくて、その人がいなければ生きていけないという気持ち」と教えてくれた。別の人に聞いたらまた別の答えが返ってくるような気がする。色々なブラジル人に「サウダージ」の意味を聞いてみたい。

スティーヴ&イーディーの「Think Happy」は「Tristeza」のダイレクトな英訳ではなさそうだった。そこで歌詞を聴き取ってみるとこんな感じだった。「近ごろの人は言う、幸せな日々は思い出の中にしかなくて、永遠に戻ってこないと。でも私に言わせれば、毎日の暮らしこそが幸せ、そう思えば幸せになれる。だから一緒に幸せを思いましょう、らららーらー」……やはり、ただ単純に人生は幸せ、らららーらー、ではなく、原詞の意味を汲んだ上でのアンサーみたいな歌詞である。ブラジル人のように踊りまくって悲しみを忘れようというより、ハッピーな思考になりましょう、シンク・ハッピーという。いかにもアメリカンな回答である。


自分はこれからしばらくの人生にはしんどいことが増えていくばかりで、ハッピーなことはあまり起こらないような気がしている。まあ40代も深まるとそんな心境になる人間はたぶん多いんだろう。若い頃だって幸せな気分で過ごしていたわけではない。それでも、不幸な生い立ちでは決してなかったし、現在の境遇も自分のような者には申しぶんない。憂鬱さは自分の中の問題で、それは若い頃からずっとそうなのだ。毎日シンク・ハッピーはちょっと無理そうだけど、ブルースに殺されないように、ハッピーもたまに感じながら生きていければ、とりあえずそれでよいと思う。

最後に、先ほど紹介したブログ記事に載ってた、バーデン・パウエルの「Tristeza」をここにも載せる。自分が心から尊敬する素晴らしいギタリスト。この映像ははじめて見るんだけど、やはり凄すぎる演奏。コントロールルームみたいなところで踊っているシーンもあって、これがまた格好いい。ブラジル人の血には踊りが流れている感じ。インド人みたいだ。

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