「Un Poco Loco」と「Cleopatra's Dream」

自宅でテレビは受信できないのだが、おすすめしてもらってネット視聴しているドラマがある。「心の傷を癒やすということ」というNHKドラマ。25年前の阪神淡路大震災のときに被災者の心のケアに奮闘されたという精神科の先生がモデルになっている。まだ震災前の序章という感じの第1話しか見ていないのだが、とても細やかな心遣いで丁寧に作られた素敵なドラマで、普段まったく見ないテレビドラマを最後まで(全4話)見る気満々になっている。

まだ1話しか見ていないのになぜこの記事を書いているかというと、主人公である安和隆先生が大のジャズファンで、同じく精神医学の道に進んだ親友とともにジャズバンドを組み、ピアノを弾くシーンが出てくるのだ。前回載せたバド・パウエルの「Tempus Fugit」の記事、実はこのドラマの1シーンに触発されて書いた。安先生が進路をめぐって父親と衝突し、心をかき乱され、いつも出演しているジャズ喫茶でピアノに向かってバド・パウエルの曲を激しく弾く。あっ、テンパス・フュージット!とそのときは思い、自分の中でこの曲が激しく浮上してきたので翌日にばーっと記事を書いたのだが、載せた後で何となく引っかかるものがあり、念のためそのシーンを見直してみると、やっぱり別の曲だったではないか。


テンパス・フュージットと近い時期、1951年のバド・パウエルが残した「Un Poco Loco」。どちらにも同じ種類のスピード感と緊張感が張り詰めていて、同じぐらい大好きな演奏である。ウン・ポコ・ロコは、スペイン語で「ちょっとクレイジー」という意味。すっかりテンパス・フュージットだと思い込んでいた自分もちょっとクレイジーだが、あのシーンにウン・ポコ・ロコは本当にぴったりな選曲だった。

ウン・ポコ・ロコの独奏シーンの前、親友と一緒にジャズバンドで演奏する場面もある。すごくおなじみ感のある曲だし、サックスの入ったアレンジだったので、見ていたときは何となく聞き流してしまったのだが、演奏シーンを後で見直してみたら、あれもやはりバド・パウエル。


この「クレオパトラの夢」だけだったら、ジャズがらみのシーンで取り上げられるのはわりと普通だと思うのだが、ウン・ポコ・ロコと合わせて2曲もバド・パウエルが出てくるとなると、これにはドラマ上の意味があるんじゃないか、とどうしても考えてしまう。ウン・ポコ・ロコを録音した時期は演奏家として全盛期だったが、この前後から精神を病んで入退院を繰り返し、50年代後半になるともう、テンパス・フュージットやウン・ポコ・ロコのようなギリギリに張り詰めた「ちょっとクレイジー」な演奏はできなくなってしまう。その差は、音楽を聴けば痛々しいほどわかる。意識スピードがまったく違うのだ。でも、本格的に精神障害を患ってしまった後のバド・パウエルも、とても愛おしくなるすばらしい演奏をたくさん残している。「クレオパトラの夢」は59年のアルバム「The Scene Changes」に入っている。51年のバド・パウエルとはかけ離れた世界だけど、このアルバムも美しく力強い名作だし、さらに晩年の63年に演奏したこの曲がとても好き。

「Like Someone In Love」は、自分が20代の頃によく聴いていた、ブルーノートでのバド・パウエルの演奏を時系列順に並べたベスト盤の最後に入っていた。イントロの演奏とか、よく聴くとたしかにヨレヨレだけど、全体を包み込む空気はとても豊かで穏やか。ボロボロに傷ついてしまっても、少なくともピアノに向かっていて好調なときは、こんなにポジティブなくつろいだ雰囲気を発散していたのだ。結局、バド・パウエルは心も身体も弱りすぎていて、3年後の66年に41歳の若さで亡くなってしまうのだけど、そんな時期でも心身のバランスが取れているときは、こんなに暖かく優しい音楽を生み出すことができていた。生きていく上で大切なのはバランスだと、あらためて思う。音楽によって癒やされた傷、癒やせなかった傷、さまざま考えつつ、もっと最晩年の64年に録音された「The Return Of Bud Powell」のCDを先日注文したところ。Spotifyでも聴けるけど、一日の終わりにパソコンの電源を落として、くたびれた頭と心を休める時間にゆっくり聴きたいと思っている。もうじき届くころ。

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