YMOライブ音源探しから脇道にそれ、細野晴臣年代記サイトにはまる

今年の1月にユキヒロさんの訃報があって以来、YMOの存在が自分の中で俄然クローズアップされてきて、YMOについて考えたり曲を聴き直したりする時間がぐっと増えた。小学校3年生ぐらいの頃、ビートルズを認識する少し前に自分史上初めて好きになったロックバンドである。あえてロックバンドという言葉を使ったけど、やっぱりYMOって普通にロックのバンドだったんだなあ、というのが改めて接しての感想である。

現役当時のYMOは、国内外で演奏活動も多数こなすアクティブなライブバンドでもあった。そして思い出したのが、小学生当時の自分は「YMOライブ」というタイトルの付いたカセットをしょっちゅう聴いていたこと。これも例によって父がFM放送からエアチェックしたテープである。実家にはYMOのカセットが2本あった。1つはファーストから「テクノデリック」までのスタジオ作5枚(スネークマンショーと共演したミニアルバム「増殖」を含む)からほとんどの曲が入ったもので、もう1つがその「YMOライブ」。ライブといっても当時公式にリリースされたライブ盤「パブリック・プレッシャー(公的抑圧)」ではなかった。エレキギターが入ったラインナップで、矢野顕子がリードヴォーカルを取る曲もあったのを覚えている。


そのテープは高校時代を最後に30年以上は聴いていないはずで、何年何月の公演か、会場はどこか、といった具体的なことは不明だった。ただ、演奏の内容自体は小学生時代から何度も繰り返し聴いたので、かなり克明に覚えている。時期的には「BGM」が出る前の1980年ぐらいであろうと思うので、ラジオ放送されたその時期のライブ音源がYouTubeにでも上がっていれば同じものがすぐ見つかるはずだ、と思いきや、1979~80年当時だけでも放送音源がいくらでも出てくるではないか。公演記録をネットで調べれば、79~80年の2年間に国内だけでなく海外ツアーにも2回出ていて、かなりの数の公演がラジオやテレビで放送されていた。その数の多さに驚く。当時のYMOって、本当に社会現象だったんだなあ。情報が多すぎてすんなりとは見つけられず、あれこれネットで探している間に、細野晴臣の音楽人生を1947年の出生時から延々と、各種メディアから寄せ集められた細野さん本人の証言を中心にまとめたページ、というのに行き当たる。これが面白すぎて、YMOライブ音源探しそっちのけで、膨大なテキストを隅々まで読みふけることになってしまった。

細野晴臣 chronology

この年代記サイト、かなり小さな文字でぎっしりと書き込まれているのだけど、こういうのに一度ハマると止まらなくなるのが自分の癖である。細野晴臣という音楽家は自分の中で、まず「YMOの人」「はっぴいえんどの人」さらに「実は松田聖子や中森明菜など80年代アイドル歌謡曲の作曲家でもあった人」「その他幅広くソロやユニットで活動」と、知っている範囲での点々がばらばらに浮かんでくるだけで、50年以上に及ぶ音楽キャリアの全貌のごく一部を不連続に認識しているに過ぎない。あの有機的な人力ロックの極みのようなはっぴいえんどや「HOSONO HOUSE」から、どこがどうなってデジタルなコンピュータが奏でるテクノポップに行き着いたのか、YMOブームの渦中で何を考えていたのか、作品を聴いているだけではちょっと想像しづらいところがある。細野さんにまつわるばらばらな点が、本人や当事者たちの証言で時系列の線につながっていくスリルに、すっかり夢中になってしまった。細野晴臣という巨大な存在を中心に展開される音楽世界の、何とダイナミックなこと。特に、はっぴいえんどの終焉からソロ活動での暗中模索を経てYMOへと発展していく過程、1975年からのいわゆる「トロピカル3部作」の時期における精神的な飛びっぷりがものすごい。


この「トロピカル期」の細野さんの音楽は、まずYMO前夜の重要作ということで「はらいそ」を若い頃に聴いてみたことがあったけど、正直、えっ、これがプレYMOなの?と肩すかしを食らわされた感じがするばかりで、見事に跳ね返されてしまった。それ以来、何度かトライしてみてもなかなか取っかかりがつかめずじまい。しかし、今度こそ再入門のタイミングなのではないか、と思い始めている。自分の理解力不足のために音だけでは把握できなかったところを補ってくれる、この証言集を手がかりにしてもう一度ドアを叩くのだ。要するに、YMOから逆方向にさかのぼろうとするから戸惑うのであって、戦前から連綿と続く世界音楽の流れを順方向に踏まえて素直に接すればいいのではないか。細野晴臣年代記を一通り読んで、そんな基本的なことにようやく気付けた。
ジョージと共通する面も意識して聴いてみたい

それにしてもこの、本人たちの生々しい証言で編まれた細野晴臣年代記、一体どうやって作られたのだろう。一つ一つのトピック、作品、楽曲について、書籍・映像・ラジオと、年によっては100点を超える出典から証言者ごとに発言が細かく抽出され、自然に話がつながるように配列されている。どれだけの労力がかかっているのか。今のところ、膨大な証言を並べるスタイルでの編集は1985年までで、それ以降は普通の年表スタイルになっているけど(とはいえ、情報は詳細で相当なボリューム)、読む側としては85年で区切りが付けられて正直ほっとしている。もしこんなのがあと何十年分も続いていたら、いつまでも読むのがやめられなくて生活に支障が出てしまう。でも、今後も少しずつ証言集の更新が進むことを期待している。ネットって凄いなあ、と、四半世紀前っぽいセリフを口走ってみる。

肝心の幼少期に親しんだYMOライブ音源については、その後無事に見つかったのだけど、寄り道が激しすぎてこの記事には書けなかった。また今度書くことにする。

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