ウォークマンの思い出

中高生だった頃の自分は外見上の問題を抱えていた。そのことでかなりつらい思いをした。とくに中学生の年頃、幼児と大人が入り交じる時期の人間は一番残酷だと今でも思う。外見に限らずさまざまなことで、遠慮のない悪意に長期間さらされた。そのことはどうしたって後からは取り返しがつかない。とっくに過ぎてしまった10代を生き直すことはできないのだ。10代を楽しめずに成長した今の自分にできるのは、当時の自分を否定したり無視したりせずにそのまま受け入れ、今を楽しく幸せに生きることである。結構うまくやっていると思う。中年になってから問題行動を起こす人は、若いうちにしか楽しめないことを十分に経験せずに成長したから、埋め合わせをしようとしているのだ、なんていう言説を見かけたこともある。そんな風に、若さを楽しめなかった人間は大人になってもばかにされて遠ざけられるわけか、はいはい、と思ったが、有り難いことに自分は大した問題行動をやらかさなくても十分幸せに生きている。

10代の頃、大きな救いになったのは、父が持っていたウォークマンだった。まさに上の写真と同じ機種、この形、この色。父は新しもの好きなところがあり、80年代初頭からパソコンを買ったり、ウォークマンを持っていたりしたが、父がパソコンをいじる姿、ウォークマンを携帯して外出する姿、いずれもまったく記憶にない。パソコンもウォークマンも自分が勝手に我が物にして、徹底的に使い倒した。当時、自分と同じ年頃の人はみな自分の悪口を言っていると思い込んでいたので、外に出て電車に乗ったりするのもしんどかった。父の部屋からこのウォークマンを見つけ、勝手に持ち出して初めて電車に乗ったときのことを覚えている。そのとき入れたカセットは、ビートルズの「Abbey Road」だったと思う。電車に乗って再生ボタンを押したらあら不思議、自分のまわりを「Come Together」が包み込み、ほかの乗客は全員どこかに消し飛んでしまったのである。もちろん悪口のことなどまったく気にもならない。すごい、音楽が守ってくれるんだ!この瞬間からウォークマンは外出に絶対欠かせない持ち物になった。ウォークマンがあれば電車も街も怖くなかった。今年で誕生40周年の偉大な発明品。

大学生になってもまだ周囲の話し声は気になり、ウォークマンは必需品だったが、大人になりいつしかイヤフォンなしで動き回れるようになっていた。あれほど悩まされていた外見上の問題は成長とともに解消して、現在の自分を鏡で見ても大した形跡は残っていない。可もなく不可もなし。当時はどうにも絶望的に思われた問題だったが、時が解決してくれたのだ。外見のことで容赦ない悪口にさらされるのは、とてもつらいことだった。生まれつきの病気や障害のため、あるいは事故や暴力に遭うなどして、外見上の問題を生涯抱えている人たちのことを思う。無思慮な人々に悪意を投げかけられ、傷つけられることも多いかもしれない。外見のことをあまり気に病まず幸せに生きていける世の中でありますように。とくに、均質であれという同調圧力の厳しい日本社会では誰もが平均的レベルを満たすことが求められ、なにかが標準を外れると非常に目立ってしまう。日本の外に出てみて、ありとあらゆる種類の人間がいる、いていいのだ、ということに初めて気がついた。とくにインドでその辺を歩いている人々の千差万別加減といったら、言葉では言い表せないほどだった。あらゆる極端な特徴を持った人々が、普通にあちこちにいた。そんな多様すぎる人混みにもまれて、不思議な解放感と安らぎを覚える自分がいた。あそこならウォークマンは必要なかっただろう。街の騒音がうるさすぎて音楽あまり聞こえないし。

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