リシケーシュに向かう道で、僕の思いは故郷に帰っていく

自分には郷里と呼べる土地がない。生まれは大阪だけど物心ついたときには東京にいて、親の転勤で東京周辺を転々とした。最も古い記憶にある、幼少期を過ごした団地は10年以上前に取り壊されて高層マンションになったらしい。仮に現存していたところで現在の自分とはまったく縁がない土地。実家はもと祖父母宅だったところで都内にある。中学校に入るちょっと前に移り住んで独立するまでいた。一番長く住んだ場所ではあるけど愛着は薄い。独立してからは徐々に遠く離れた場所に暮らすようになって、挙げ句の果てにインド。帰国した今も、実家まで3時間かかる土地に住んでいる。数年内に国内でさらにずっと遠くに移住する計画も、じつは本気で考えている。

近ごろビートルズの話ばかりであれなんだけど、ジョンがインド修業中に作ってイーシャー・デモに残した「Child Of Nature」という曲がある。この形では世に出ずに後年、歌詞を書き換えて「Jealous Guy」になったやつ。「リシケーシュに向かう道で」と歌い出してインド旅の印象を非常にストレートに綴っていて、きっとジョンは帰国後に歌詞が恥ずかしくなってボツにしたんだろうと想像する。でも自分は昔からあれが好きで、ビートルズ・アンソロジーに収録されると思っていたがなぜか漏れ、あれから20年以上経ってようやく公式に発表されて嬉しい。空港から聖地に向かう道すがら、どこまでも広がる北インドの荒れ地や山々、道ばたにのんびり寝そべる牛たちなど眺めながら感じた印象なんだろうなと、とてもよくわかる。「Across The Universe」からも同じようなイメージが湧いてくる。この2曲はインドで生まれた双子の兄弟だと思う。

歌詞の中に「砂漠の空を見上げながら、僕の思いは故郷に帰っていく」という一節がある。自分もインドで暮らしていたとき、心はしょっちゅう故郷に帰っていた。最初に書いたように、日本の中にピンポイントできる郷里はないのだが、地理的にも文化的にも何もかも遠く離れたインドにいたとき、「日本」はたしかに故郷だった。自分はどうしようもなく日本人で、帰る場所は日本。遠く離れてそのことに否が応でも気づかされた。日本の中に「帰省」できる土地はないけど、一時帰国はまさに里帰りだった。懐かしく、ほっとする時間。楽しかったし、よし、またしばらく異国で頑張ろう、というリフレッシュになった。

東京周辺を転々として育った自分には、故郷を思う気持ちというのがずっと理解できなかった。帰る場所があっていいね、と羨ましくすらあった。今でもそれはある。そんなふうに郷里を持たず帰属意識が希薄な自分ですら、遠く離れた土地で暮らしていたときは故郷を毎日のように思った。あのとき感じていたことは忘れないようにしたい。勝手にあちこちふらふらしている自分とは違って、どうしようもない不可抗力のために、愛着のある故郷を離れて暮らさざるを得ない人たちの苦しみに無頓着にならないように。


リシケーシュまでは行かなかったけど、北インドに向かう列車の車窓から眺めた朝日

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