インド日記2011年4月:異国の新居で大震災を思う

2011年3月11日に起きた大震災を受けて翌月に書いた日記。もと暮らしていた場所で大きな苦難が起きているのに、自分は別の安全な場所にいて共有できないもどかしさを書いている。2020年4月現在、今度は世界中で同時に感染症という苦難が起きているが、やはり国や地域によって状況がだいぶ違うし、個人個人の事情も違うし、同じことを同じときに体験しているようでも人それぞれなのだと思い知る。先日も書いたし、当時からすでに書いていたようだが、各自の持ち場で精一杯できることをやるしかない。互いに余裕のない状況に思いを致しつつ。どういう環境でどういう事情があって、どういう行動を選ぶのか、どういう選択をせざるを得ないのか、それぞれ置かれた状況によって違うのだから。

最後の一文は完全に外国人目線で書いているが、東日本大震災から来年で10年、日本は本当に見事な復活を遂げたんだろうか。

3月1日、4年半住んだ部屋から荷物を運び出し、同じ地区の西側にある新しい部屋に引っ越した。新居での暮らしも落ち着きつつあった3月11日に、元お隣さんからの電話で知った日本の大災害。

毎日、ネットのニュースから目が離せない。直接の被災地や原発周辺の状況はあまりにも厳しくて言葉が出ない。かつて住んでいた東京でもいろいろな影響が出ている様子をネットで知ったり家族知人から聞いたりして、たまたま外国にいて何の影響も受けていない自分は複雑な気持ちになっている。自分が何の役にも立つことができない、という無力感ももちろんあるし、日本ではみんな大変な思いをしているのに、自分は関係のない外国で安穏と暮らしていることに罪悪感もぬぐえないが、どうもそれだけではない。

ムンバイに渡るまでずっと生活してきた、切っても切り離せない場所で起きたこの大震災という出来事を、海外にいる自分は共有していない。これまでは、インドにいながら日本ともつながっている気持ちで暮らしていたのだが、この大きな出来事をじかに体験しなかったということで大きなギャップができてしまったように感じる。実際に大変な思いをされている日本の方々にはどうでもいい自分勝手な感情だ。いつかは終わる外国暮らしを続けている自分にとって、日本に帰ったときに居場所があるというのはとても重要なことなのだが、果たして今後の日本がどうなっていくのか、今のところ想像がつかない。苦難のときに一緒に居られないもどかしさはどうしようもないが、自分はそのときどきの持ち場で精一杯やるしかない。

まだこのことはうまく書けない。いずれにしても、日本のことだから、またきっと見事な復活を遂げるだろうと確信している。

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新居の窓辺は日当たりが良くて、鉢植えの植物を置いたらよく育った。旧居で4年前から育てていたジャスミンも枯れかけていたのが復活、4年ぶりに花を咲かせた。下の方に写っているのはインド料理にスパイスとして使うカレーリーフ。葉っぱを数枚ちぎって他のスパイスと一緒に炒めると、とてもいい香りがする。

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