ベースはやっぱりポールだった:The Beatles「She Said She Said (Take 15 / Backing Track Rehearsal)」

ビートルズの「Revolver」スペシャル・エディションで聴けるようになった未発表音源の数々を、とりあえずYoutubeでつまみ食いして楽しんでいる。こういうものが出てくる限り、生き続けている価値があるというものだ。ネット時代になって、根掘り葉掘り細かいデータを調べることは容易になったけど、情報だけでは自分の中にはすとんと落ちないし、それほど熱心に追う気にもならない。やはり4人の出す音として耳から入ってこないと面白くない。だから、こうやってビートルズの舞台裏を実際の音で垣間見せてくれるのは本当に有り難いし、何よりも楽しい。そして今回は自分の中でモヤモヤしていたことが一つ解決した。前にも当ブログで触れたことがある、「She Said She Said」ポール不参加説についてである。

まずは、2022年ミックスを聴く。オリジナルの感触を保ちながら聴きやすくしたものが多い今回の新ミックスの中で、この曲だけはかなり異色。ギターの響きがやけにクリアで、別物感が強い。


この曲は、「Revolver」セッション最終日の6月21日に夜を徹してレコーディングされた。その最中に、ポールがほかのメンバーと対立してスタジオを出て行ってしまい、ジョージがベースを担当して3人でレコーディングを済ませた、という説が広く流布しているようなのだ。ポール本人も後年それを裏付ける発言をしたという。Wikipedia日本語版では今のところ、ポール不参加説が唯一の事実として記述されているけど、自分はそれを信じていない。まずはファン心理として、まだバンドとしての結束も固かったはずの1966年に、ミスター・ビートルズたるポールがアルバム制作の大詰めでベーシストとしての役割を放棄するなんて、そんな無責任なことをするはずがない、と思いたいのである。元から低音弦を生かしたフレーズを得意とするジョージなら、いきなりベースを押し付けられても対応できないことはなかっただろうけど、ベースにはベース特有のタイミングや鳴らし方がある。66年当時のジョージにポールと同等の演奏ができただろうか。喧嘩ごときの理由でポールがビートルズサウンドの質を落とすかもしれない行動をするなんて、自分にはどうにも腑に落ちない。

実際、この曲のベースを集中して聴いてみると、れっきとしたベーシストが弾いた音である。当時のポールにしては音数は比較的少ないかもしれないけど、「Get Back」セッションでジョンがベースを担当したときみたいにゴツゴツと2分音符と4分音符で通しているわけではない。拍の裏に16分音符を入れるタイミングは正確で一度もずれたりせず、音の伸ばし方もメリハリがあり、全体にしっかりと安定している。ここまでこなれた演奏をしているのだから、ベースはポールで間違いないはずだと思っていたのだけど、今回聴けるようになった「Take 15 / Backing Track Rehearsal」で確信に至った。ベースはやっぱりポールである。


まだ歌の入っていないリハーサルテイクだけど、アレンジはほぼ完成していて、正式バージョンと大差ない出来。この流れのまま最終的なベーシックトラックまで録り終えたのではないか。演奏前にメンバー間の会話が入っていて、「Keep goin’, keep goin’」とバンドを励ます声は明らかにポールである。演奏前のカウントもポールだろう。口論どころか積極的にセッションを引っ張っている。ベース演奏の特徴は上記の正式バージョンでの演奏と完全に一致。正式バージョンと同じ流れで、同じプレイヤーが弾いたものと考えるのが自然である。ポールがこの後、セッション中に突然いなくなって、ジョージがポールのベースをあそこまで完璧にコピーして代役を務めたと考えるのは、かなり無理があるのだ。Wikipedia英語版によれば、「Revolver」スペシャル・エディションのライナーにも、ベースはポールが弾いたと記載されているようだ。そう、このテイクを聴けばポールがそこにいるのは耳で確実に判断できるはずなのだ。これが出た以上、ポール不参加説は塗り替えられるだろう。音楽の世界で最終的に信じられるのは耳だけ。後年の「Oh! Darling」のベースについては、ジョージが弾いた説を主張してはばからない自分だけど(「Oh! Darling」のベースを弾いているのは誰?)、「She Said She Said」のベースはポールである。これですっきり、またひとつ謎が解けた。

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